山椒大夫の

March 03, 2010

知らぬ間に生えていた親知らずを、いつ頃だったか気づいた時に、何だか大人になってしまったような気持ちになっていたけれど、それを抜くことになった。取りあえず一本。虫歯の治療は出来たものの、原因は真横に向かって生えた親知らずで、抜かなければ結局また同じ虫歯になる、とのこと。素人目に見ても、これは駄目だね、という感じだけれど、散々、もう本当に散々、あなたのは難しい、と脅され、体調は万全で、来る前にご飯を食べて、動きやすくて汚れても良い格好で、と何だか戦にでも出るような指示をされる。妹たちも抜いた、と聞けば、怯むわけにもいかないじゃない、と思いつつ、言われた通りに。でも、あれ程脅されたにも関わらず、手術は一瞬。5分とか。先生が息をついたので、これからがメインか、と身構えたら、終わりました、と。麻酔を打つのが一番痛かった。もっと、何というか、爪が食い込むくらいに拳を握ったり、悶えたり、とか必要なんじゃないか、と思ってた。あっさり。知らぬ間に生えて、知らぬ間に抜けた、親知らず。

rush

February 26, 2010

日々、刹那的に何かを思って暫く手が止まり、でも、自然とまた元に戻っていく。布団に潜ってから、そういえばなんだっけ、と思い返してみるが、まるで夢だったかのように、ぼんやりとした映像が指の間から零れていく。朝、起きるとき、頭が鈍く痛む。
混みようはある程度知っていて覚悟はしていたが、ホームに着いて、電車が入ってきて、驚く。この路線の夕方のラッシュはこれほどか、と。正に殺人的。流石に乗れないと2本ほどやり過ごしたが、約束の時間もあったので、周りの真似をして飛び込む。もう入らない、という所に入ったと思ったのに、次から次へと人が押し寄せて、どんどんと奥に押されていく。目の前に小さなおばさんがいて、その上に覆い被りそうになるのを必死で堪える。電車が走り出すとそれぞれ、窮屈なりにも居場所を確保したのか、少し落ち着いたので周りを眺めてみると、銘々割と自由に過ごしている。こちらは吊革にもありつけず、フレームを掴んで項垂れて、駅に停車する度に目的の駅でもないのに降りたくなる気持ちを必死で押さえる。隣のOLは携帯で部屋探しをしていて、辛いですよね、と勝手に共感していたが、それもわずかな間だけで、降車駅に着くと、人を掻き分けるようにして降りていって、何となく、項垂れたままの自分が少し情けなくなった。
何も考えない時ほど身体は軽い。羽が生えたというよりは、煙になったようなもので、気にしていないと消えてしまうような感じの。寝起きの頭痛は、だから、身体を確認するために今は必要なのかもしれない。

10日

February 19, 2010

呻いてはいるようだけれど、でも日頃、独り言などは言わないから、どうもtwitterでつぶやくことで喋る欲求が少し満たされるようだ。腹が減っている時に、取りあえずフリスクを口に入れているような感じかもしれない。
今週に入って、漸く今年が始まったような気配。でも、まだ気配。昨日から友人が遊びに来ていたが、新宿まで付き合っただけで、部屋で端末の前に張り付く。ここまで乱射のようにウインドウを開いて、デスクトップが荒れたのはいつぶりか、という程あれこれ重なった。それでも、未だ決まったものは無くて、気持ち的に盛り上げるために、コーディングをガリガリと。友人から教えてもらったFFメドレーを聞きながら。
ただ、今日をまだ二月の上旬だと、指摘されても気づかない惚け具合だから、まだ始まらないのかもしれない。今日が思っていたよりも10日も後だと知ると、何だか落ち着かない。無性に焦る。が、今朝の雪でそれも静まる。

言語

January 31, 2010

本を読んでいる時、ページを捲る原動力になるものは、プロットは勿論だけれど、その文体の占める割合がなかなか高い。文字の並びや語句の選択、漢字とひらがなの割合。助詞の使い方や文章の終わり。段落の付け方。ページを捲る以前の、次の行へ目を移すためには、どの文字で改行されているか、ということも割と大事なことかもしれない。
訓練だ、と称して何年も、というかネットを触り始めた頃からだから高校の卒業あたりから、ウェブ上に文章を書き続けてきた。美しい文体、というものを一応は目指しているつもりだけれど、出鱈目にこぼれる独り言と変わりなく、一向に文体が美しくなるような気配は無いし、その為の努力の跡も見えない。そもそも類語辞典で、あの言葉は何だっけ、とやってるような語彙力しかないのだから仕様がない。広げることも縮めることも出来ずに、喋っている時と同じように文章を打つ。後で読み返してみて、そのへんてこりんさに気づく。実際、喋っている時も同じなのだろう。思ったことが、推敲など挟まずそのまま口を突いて出て行き、後から付いてくる校正で、どうもおかしなことを言っているな、ということは多い。ある言葉を使おうと思っていたのに、使おうとしたその瞬間には既に言葉がこぼれ落ちていて、拾おうにももう溶けて他のものと見分けが付かない。補うために、あらゆる方面から言葉を付け足して、結局少しずれたところに着地している。年を重ねる毎に日本語を使うことが難しくなっていく。
だから、ということではないけれど、英語を学ぼうかな、と。そこそこ読み書きと会話が出来る程度にまでは。そこそこ、がどこなのか分からないけれど。調べ物をしていると日本語での情報では足りなくて、最終的に英語サイトに辿り着くことが多い。学校で習った文法など、こぼれ落ちたというよりはただ朽ちてしまって、単語を頼りに読んでみるが、勿論自信は無く、取るにしても捨てるにしても、情報量が多すぎて選択が出来ない。今はもうどうして良いのかもわからない程の膨大な情報が勉強したら手に入れられるのだから、やろう、今度こそ。

WP

January 25, 2010

正月に撮った写真を見返していると、まだ同じ月だという感じがまるでしない。これは去年だったか、と自分で訝っている。雪を見て、あぁ今は冬だったな、などと思ってもいる。見ているのはいつも変わらぬモニターばかりで、通勤という道もないから、肌で感じる季節もない。ここの所の暖かさも関わっているだろうか。正月呆けが抜けない、と先週くらいまでは思っていたはずなのに、ただの呆けになってしまった。写真を撮っていない。
結局サイトをwordpressにする。movabletypeを5にアップしたのと同時にデータベースもバージョンを上げたので、再構築の速度が体感的には以前よりは少し早くなったような気はしていたが、遅いよね、と言われてから、それに曖昧に首を斜めに振る気持ちが抜けなかった。そこまで更新しないにしても、これで作業は楽になる。まぁ1000エントリーを超えてるから仕方がない。CMS的に使うならやはりでもMTだな、と思う。勢いでiPhone表示用プラグインを入れてみたけれど、これはイマイチ。

樋状根

January 15, 2010

東京に戻りやっと歯の本格的な治療を始めたが、早々に、難しいね、と医者に告げられた。神経が珍しい形をしているらしい。治しきれない可能性もある、とのこと。歯についてのことだとは分かってはいるが、人格の診断をされているようにも聞こえた。これから数回通わねばならない。
iPhoneアプリを色々と探しては試し、一日が過ぎていく。元々、それ程携帯は使わないしほぼパソコンのある場所にいるから、入れたとて大して使わないと思っていても、それぞれのアプリの不便さが次への欲望を生む。結局、未だ決定的なアプリは無くて、そもそも非常にパーソナルなツールだからどこかに痒いところは残ってしまうので、そこに手を届かせようと違うアプリに手を出して、他の場所が痒くなっているようなものかもしれない。痒いところに手が届いた時の幸福感を味わいたい、という気持ちもある。これまでの携帯については、出来ることなど諦めていたけれど、まぁ逆にそれがシンプルで良かったのかもしれない。ただ、選ばない、ということを仕組まれていたようにも感じる。
MTの重さが何だか辛くなってきたのでWPに乗り換えようかな。

新年

January 06, 2010

甥が家の中でチワワを追い回し、チワワは逃げつつも姪の食べこぼしを狙っており、姪は握ったフォークを放り投げる。親やら飼い主やらがあちこちで怒号を上げる中、年が暮れた。甥達家族が帰ったあと、6月に結婚する妹はゼクシィを捲りながら、大晦日じゃないみたい、と呟く。年明け早々、妹のドレス合わせに付き合わされることとなる。
願っていたようなタイミングで雪が降り積もり、また?と母親に言われながら、近所に散歩へ出た。部屋の中にいるとファンヒーターの前に陣取っても寒いのに、外へ出ると寒さが気にならない。しかし、歩いてみると公園がそこら中にある。滑り台だけの小さなものから、地域の運動会などが開けそうな広場が併設されたそこそこ大きなものまで、500m程歩けば公園が見つかる。子供の頃、その内の2つには遊びに行ったことがあったが、どちらもいつも遊んでいた公園ではなかったから、今では歩いたって、近い、と思う距離なのに、どこか遠出するようなワクワクした気持ちだった。そりゃあ叔父さんにもなるよね、と帰り道のコンビニで人生初のお年玉袋を買った。

歌舞伎

December 27, 2009

国立劇場にて歌舞伎。ここ二日ほど腹痛に悩まされて睡眠をちゃんと取れていなかったこともあり、所々夢現ではあったけれど、無知なりにも、成る程これは鍛錬が必要だ、と、声の出し方や身体の動きを見て思う。下手、と言っては失礼だけれど、同じ舞台に立っていても、その差は大きい。でもあの、かけ声、にも上手下手がある。現場収録の落語のCDなどにも入っているが、タイミングというものが大切。絶妙なかけ声は芝居のひとつになっているし、無ければそれでは締まらない。でもたまに中途半端な所で、しかも猫が鳴いている様な妙な声でかけ声を掛けるものもいる。これでは温めていた気持ちがすっと冷めてしまう。あの独特の節でもって、絶妙な、役者とアイコンタクトでもしているタイミングで掛けなければ。播磨屋!
昨年はインフルエンザで伏せっていて見逃したけれど、今年は早々から調べてToDoリストに入れてあった、小田和正のクリスマスの約束。ただイマイチだった。これだけの大人が集まって、ただ己らのことしか考えなかったのか、という感じ。日本のポップミュージックの将来の為に今歌っている人たちのリスペクトし合う気持ち、というようなことを言っていたけれど、それで生まれたものが、それぞれの代表曲をメドレーで繋げて皆で歌う、アーティスト自身が感動して涙、というのは何とも寂しい。それならば、どこか無人島へ行ってやっても変わらないはずだし、それを映像として流した方がマシ。スタジオセット組んで、観客を入れて、ということならば、観ている側が言葉にできる何かを生んで欲しい。今回のは、良かったね、としか言いようがなかった。残念。

この一週間

December 25, 2009

近所の煙草屋の外装が新しくなっていた。煙草屋を営んでいる老夫婦もどこか明るく、仲が良くなった印象。ただ、窓口が広くなった上に全面が薄いガラスで、内側も工事の為か雑多に色々と積んであったものが、棚が設置され整理されるとガランとしてしまい、この時期だけに寒そう。
事前情報から惹かれなかったから何となく年明けにしようと思っていたのだが、考えていたよりも大分安くPS3が手に入ったのでFF13を発売日に買いに行く。Amazonで予約した方が1000円程安かった。40時間程でクリア。年末の帰省まででギリギリくらいかな、と思っていたのでボリュームは少ない。グラフィックは売りにしているだけに他のゲームよりは良いのかもしれないが、犠牲にしているものが多すぎるし、大きすぎる。ゲームを、RPGを作っているとは思えない。
昔はコンビニで予約して早朝に取りに行ったり、学校を早退したり、まぁ休んだり、と出来る限りゲームをする時間を作ろうと、あれこれ工面しながら進めていた。学校へ行っても、友達と同じゲームの話をしたりもしていたし、どこか競争心のようなものもあった。こういうことは、ゲームをする上で、必要なことなのかもしれない。というか、ゲームというものに含まれていたのだろう。自分の今の環境もあるのだろうけれど、でも、最近のゲームは、社会派な感じでありながら、社会を閉ざしているような感じがする。

虫のしらせ

December 14, 2009

どんな因果なのか、縁あってのことだったのだろうけれど、仕事で長野へ帰省した夕刻、たまたま通りかかった道の脇に立ててあった告別式の案内看板に目が止まる。聞き慣れない姓が書かれていたが、知った姓だった。信号待ちで車内から覗いてみると、既に終わったらしく、入り口辺りに数人疎らにいるだけで、友人の姿は見えない。違うか、と青信号で過ごした。それが週末のことだったが、週が明けてもやはり気になって電話してみると、暫く話してはいないが、変わらない調子で電話に出た。やはり違うか、と思った矢先に、母が逝った、と告げられた。こんなにも急いで話す奴だったか、と入る隙も与えず際限なく喋り続ける友人に、こちらはただ相づちを打つことしか出来ない。何れにしても言葉が見つからない。最期を看取ったのが彼で、それまで付きっきりで看病したのも彼だった。不況の煽りを受けてリストラになり、次の仕事を探している最中に倒れ、それから3ヶ月、心配させぬようにたまにバイトだと言って何も無い家の外へ、重い身体を持って行く時以外、自宅でずっと友人が近くで看病をしていたという。
ここ数日さ、まぁ葬式だとか色々あって落ち着いてる時なんて無かったけどさ、でも家に帰ってふと気づくと、母親の面倒を看ようという気になってるんだよ。骨が目の前にあるのにさ。骨は骨でしかないよ。何でもない。手を伸ばしてもどうしようもないから、代わりにもなりはしないけれど、母の前では吸わなかった煙草に矢鱈と手が伸びて、気づけば二、三箱空いてて。酒も幾らでも入る。酔わないんだよ。あぁ一升飲んだな、って分かってるんだよ。でも、酒が喉を通る度に、次の酒を口まで運ぶまでの間に隕石でも落ちてきて、それで俺死ぬかもな、と思うんだ。
東京へ戻っても、布団に入ると友人との長電話を思い出す。知っている人の死は、それ自体辛いことではあるけれど、それよりも、その周りの人の心痛を案じることが辛い。そのどうしようも無さも。彼は、こちらも父親を亡くしているので、どこか同じ悼みを共有した者として話をしていたが、こちらは同意を求められる度に、薄情だ、と自身に向かって言いながら曖昧に答えていた。共有など出来ないし、するものでもない。それぞれ受け入れていくしかない。こちらは一時、和らげてあげることしか出来ない。彼のことを案じながら、でも、いつの間にか、自分と父の朽ちた繋がりを掘り起こしている。

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