undergarden

445日


5/29〜30に掛けて、仙台から沿岸部を大船渡まで巡る。想像力はどこまで鍛えられるものなのだろうか。ナビの拡大表示で現れる家形が連なる場所は未だ取り壊されずに立っている家がぽつん、ぽつんとあるだけの更地で、緑地公園だったらしい場所はコンクリートで覆われ凸凹の車が並んでいる。瓦礫は正に山のように積まれ、山には津波の到達したラインがくっきりと現れている。国内外の報道写真や投稿サイトの映像は見ていたけれど、得る感覚、思考の届く範囲が全く違う。一泊二日でやっと辿れた地域の、距離にすれば倍程の地域が津波で被害が出たのだと、更にそれ以上の地域が被災したのだと、中々辿り着けない仙台までの帰りの車中で現実的な距離感をやっと捉えて愕然とした。どこでだったか。連れが、まだ1年と3ヶ月なんだな、とぽつりと言っていたな。
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里帰り

ただいま、と外出から戻ると居間でカレーを食べていた妹が、たぶん破水した、と言う。その言葉と目の前の光景があまりにかけ離れていたから思わず眉を寄せてしまった。よく見れば義弟は帽子もコートも着たままで、いつもならばもの凄いペースでこちらの3倍は平らげるのだが皿の半分にも届いていないのに苦しそうで、母も少々腰を浮かしたような何だか疲れそうな座り方をしている。義弟は結局、皿半分ほどでスプーンを置いてしまったが、当の妹は雑談しつつ完食。その後も、犬を撫で、そろそろ行かなきゃ、といって頬杖をつき、また犬を撫でて、いつものように、じゃあそろそろ、と腰を上げてからも暫く話し、それから漸くというか病院へ行った。1時間後、破水だった、と連絡があり、翌日の正午前に甥が生まれる。予定日よりも20日早いが通常分娩の範囲だそうで、それがいまいち分からずに心配していたが、まだ保育器にいた赤ん坊は元気に手足を動かしていた。こんなにも小さかったのか、と何度見ても驚く。あと20日もお腹の中にいたらもっと大きくなって大変だったろうから良かった、と憔悴し切った顔で話す妹は、仕事柄なのか性格なのか、既に母親だったけれど、同じく憔悴していた義弟はまだいつもの若者で、でも三日後再び訪れてみるとその顔は父親になっており、抱く腕も柔らかくなっていた。そういえば母曰く、妹が産まれた時間とその妹の子供が生まれた時間が同じ、とのこと。
まだ2週間はあるな、とかなり余裕を取って長野での予定を翌週以降も入れていたが慌ててアポを取って片付け、その傍らでも勘弁して欲しいのだけれど日付が変わった頃にデータが送られてくる仕事で連日朝まで端末に向かっており、ただまぁこういうことは重なるのが世の常だ、とまだ雪が舞っている午前に起き、というか起こされ、荷物を整理して詰めて東京へ送り、掃除機をかけ、妹の里帰りと入れ替わりで東京へ戻る。桜が満開。散り始めているか。
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雪運

一応、と昼過ぎに後部座席に放ったコートは、車に揺られるまま形が崩れただけで、日が暮れても袖を通すことなく再びハンガーに戻った。昨日の朝は牡丹雪が降ったという。生憎、というか、平常通り寝ていた。昼頃起きると母が、嫌になる、とぼやきながら教えてくれて慌てて外を眺めたが、路肩にわずかに残るだけで、その後の激しい雨に夕方には消えてしまった。
年末年始も含めてこの冬は長野で過ごすことが多かった。東京にいる時間と同じくらいだったろうか。それなのに、大雪、というニュースをみるのは決まって東京で、長野にいる時は翌日には消える程にしか積もらない。山へ行けば勿論あるのだが、別世界のようでリアリティがない。生活の光景として、歩ける日常として望んでいたのだけれど叶わなかった。昨年も確か同じ。今週末に雪の予報がまだ出ているけれど、まぁもう積もらないだろう。
周りからは年度末の忙しなさが流れてくるが実感としてそんなこともなく、だからといって呆けることもなく今が3月の末だということを珍しく自覚している。このブログの更新も今年初めてだということも含めて。初笑いはゆく年くる年のお坊さんでいきなり済ませてしまったがその直後の、今年で十年ね、という母の言葉が未だに尾を引いていて、どうにも日々を確かめねばならないような気持ちが続いているからかもしれない。
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片道260円

出勤ラッシュの時間も過ぎ、昨晩積もった雪も大通りでは路肩を除けば溶けてしまっているのに、未だ車が長く連なっているのはやはり雪の為だろうか、それとも時期的なことからだろうか、と久しぶりの路線バスに揺られながら朝、車で出勤していた過去の記憶を探るが全く分からない。予めポケットに分けてあった乗車料金が10円足りず、降りるときになって両替。駅前までどこのバス停にも止まることがなかった乗客数を考えれば値上げも仕方がないな、と思ったがその記憶にもあまり自信は持てない。霜焼けになりそうな足の小指が時折疼く中、同じところを何度も踏みしめているような緩い坂道に、ちゃんとしたブーツが必要かしら、と一応はブーツを履いている足下を見つつマフラーを回し直して、再び降り始めた雪の中を歩く。
展示が終わる。思わぬアクシデントによって様々なものを削った報いを求めて少々浅ましい欲を出してしまった為に作品を見えにくくしてしまったなと反省していたけれど、最終日に催されたクロージングパーティに訪れた幼児たちが映像作品に興味を惹かれている姿を見て救われた。あの反応の先に作品を置いていたから。まぁでも個人的には今年始めた植物のモノクロプリントが良い感じになってきたので、こちらを暫く続けようかな、と。
夕方になると頭の上に雪が積もるほどの降りになった。搬出が終わり、寂しいような悲しいような気持ちを抱えていたからか、実家の最寄のバス停を通る路線では一番遠い所まで行くバスに、そのまま山奥まで行ってしまおうか、と考えながら、250円、いや260円だった、と財布を開く。

TOPOS 02


搬入日も展示初日も雪が軽く舞っていて、屋内といえどもやっと枯葉が落ちる季節になった東京から急に飛び込んだ地元の空気に風邪をひく。睡眠不足も響いた。帰宅してクラブW杯の決勝を見始めはしたが前半の終わりには瞼が半分ほど落ち、ハーフタイムで少々回復したものの、後半途中でこれ以上は無理だと布団に潜り込んでしまった。
端末のクラッシュにより急遽新調した端末は最低限使えるようにしただけのままだったので、取りあえずここ数日のデータを整理する。作品用に撮影したデータは簡単に数えてみても10万枚ほどあり、端末だけでなくカメラの方も結構酷使してしまったな、と東京へ戻ってから点検に出そうと調べてみると安くはないが致し方ない。アプリの設定等は使用していくうちに調整していかなければ分からないから、ということでもないけれど仕事を再開。
思い返してみると当初は石を撮るつもりだった。近所に河川が無いから拾いに行かなければな、と考えつつ、どこかその不変的な意味合いに、恐らく時代的なことだろうけれど違和感が少なからずあった。個人的でもあるし、装飾的でもある。まぁ超長期的に見れば石も消滅することになるのかもしれないが、その説教臭さがどうにも気持ち悪い。生命はもっと脆く儚い。だからこそ刹那の光景が美しい。と、まぁいずれにしても説教臭いけれども。
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