undergarden

列車小景

東京駅からの最終電車に乗ると、通路を挟んだあちら側に、まっすぐ伸ばした背中にリュックを背負ったまま、両手でぎゅっと切符を握りしめて車内案内を見つめている少年が座っていた。

窓外の景色になど目もくれず、流れる文字を一文字も見落とすまいと凝視していたが、緊張は徐々に解けていく。熊谷あたりで、眠りがゆっくりと少年を包み始めた。

高崎を目前に、降りる人の列が通路にできると、少年は急に目を見開き慌てて周囲を見回す。人の頭の先に見え隠れする案内表示を、身体を斜めにしながら読み取り、再び腰を落ち着けた。そしてまた、ゆっくりと舟を漕ぎ始める。

降りる駅を聞いておこうか――いや、降り過ごすのもまた旅か、と思いながら一駅が過ぎた。

二駅目の直前、がたん、と少年は椅子からずり落ち、あわてるように腰をかけ直す。ちょうど次の停車駅のアナウンスが響き、眠りながらも握りしめていた切符から左手をようやく離すと、傍らに置いていたビニール袋の口を再びしっかりと握りしめ、何度も何度も、忘れ物がないかと座席の下まで確認してから、無事に降りていった。

来たのか、往くのか。いずれにせよ、春。

令和元年

例年と変わらず家族とゆく年くる年を観てから帰路についたが途中でスタックした車が道を塞いでおり、雪の中ただJAFを待ってもいられないので牽引救出して自宅に戻ったのは午前2時頃だったか。山中に住んでいればこんなこともあるか、彼らはその後無事に山を下りられただろうか、と考えつつ冷えた身体を風呂で温めたのが2019年の始まりだった。

考えてみればあれは波乱な年の前兆だったのかもしれない。公私に渡り想定外の事態が次々と起こり、予定などあってないようなものだった。こちらが片付けばあちらが起こり、あちらを仕舞うと明後日の方からまた事が起こる。クリスマスを横目で見やって、片付けでも、とようやく部屋を眺めたのは大晦日になってからか。その大晦日もあれこれと些事が重なり、手綱が切れた何とも今年らしい日ではあった。

だが、取りあえずは無事に年を越せる、年を迎えられる。遠いようであまりに近かったもののありがたいと思える年齢にはなったか。新年になって突然何が変わるというわけでもなく、名残になるのか更に波乱となるのか知らないが、まぁ起こるを興るとでも捉えれば良いし、振り返れば、別段辛い年だった、というわけでもない。

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花月

景色の移ろいを眺めていたつもりではいたがどうやら大きく抜け落ちていたようだ。時節のあれこれにようやく目処がつき改めて眺めてみれば雪は日陰に残るだけとなりフキノトウも既に開き始めていた。除雪されないため冬季不通となる林道も大小様々な枝が無数に横たわるものの気づけば車でも乗り越えられるほどの残雪となっている。空は近くなった。夜、空を見上げるも冬に入る前には疑いもなくこの季節を迎えると思っていた相手はいない。何百光年先から放たれた光は未だ変わらずここまで届いている。
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ひとつきあまり

気づけばこの場所に住み始めて丸一月経った。汗がまだ肌を覆うような夏の終わりに引っ越しを始めて、既に色づいた葉も落ち空が遠く映る初冬に入っている。未だ開封されていない荷物や始めてもいない修復が残っている。だがしかし暮らしの形は出てきたように思う。
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