昼間から夜中まで出っぱなしだった一週間が終わる。こんなのは前職を辞めて以来じゃないだろうか。ラストの今日は朝早くから夜遅くまでの上、酒を飲み過ぎた。明日はゆっくり休むぞ、と言えない状況が辛い。この一週間に何かの納品が無かったのは良いが、ツケが回って来週前半に固まってしまった。愚痴など腐るほどあるけれど意味なしなので、何とかなる、と思い込むことにして、今日はさっさと寝ようか。
何も責任を感じているわけではさらさら無いけれど、ちと悔しがられる程には頑張ってみようか、と帰りの電車の中で考えていた。そういう状況になれたなら、はっきりするかもしれない。或いは切断する選択も出来るかのかもしれない。勝手に幻想を抱いて、押しつけているわけではないと思いたい。いや、明確に見せてもらえれば、まぁ、そんな思いを抱くこともないだろう。そんな責任もあるわけではないけれど。大切に思うものはそれぞれ違うけれど、それをしっかりと伝えられるようになりたい。
さっさと寝ようか、と言いつつ、午前4時。
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何時、何故設定したのかは分からないが、正午にアラームが鳴って目覚める。予定でもあったか、と頭を振るが何も落ちてはこない。瞼を擦りながらも起きていることにしたが、仕事が手に付くはずもない。ホットケーキを作って食べる。
日のあるうちは部屋の黄土色の壁が光を反射して色が多少変わるので、日が落ちてから、この春過ぎからの写真のプリントを始める。でもまぁ何れにしても、思ったとおりの色はプリンターでは難しい。良い感じのところまではいくけれど、もうほんのちょっと、というのが届かない。どれだけ紙もインクも無駄にしているのか、ということを考え始めると厭になっちゃう。でも、現実を光景としてアウトプットしようとしているのだから仕方ない。頑張ろう。欲深いのだから。
先日の、確かテレ東だったと思うけれど、再現VTRが頭から離れない。何とも言えぬ気持ち悪さがあった。望遠でやけに人物と背景が近づいて見えるのも嫌いだけれど、あれは広角だったのか、背景がものすごく離れていた。しかもかなりぼかしてもいる。狭いはずの部屋がとても広く映される。美しく撮ろうという意図は見えるのだけれど、やり過ぎ。でも、他の局と比べたら、まし。
昨年の年末に撮影したものの編集を始めたら、画自体はインフルエンザの病床で動かず練っていたからそれ程悪くはなかったけれど、でも時間の無かった中で突貫工事的な撮影をしてしまったから色々と粗が出てきた。ソフト側で何とかなるか、という甘い考えもまずかった。治るからといってほいほい怪我をしにいくようなものだ。程度さえ考えてはいない。防げるものは防がねば。季節は変わってしまったものの、春の始まりに再撮。でも、今度はちと物足りない。不安定さ、というか、曖昧さ、というか、どうも画面を崩すような要素が足りない気がする。カメラを覗いて、その先も周りも見て、というのはやはりちと厳しいか。客観視出来てないな、頭の中の画が映ってると思っている。カット編集は600秒にこだわり過ぎて先に進まないので、取りあえずは気持ちの良いように編集したものを完成させてから考えようか。
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夕飯を食べよう、と何度か思ったが、その度に電話やらメールやら思いつくことがあって、結局23時過ぎになる。玉ねぎと豚肉とキャベツを炒めた後に軽く煮てパスタにした。何度かリモコンを押していると、肉塊のようなものがまるで脈打つようにシャーレの中で動いている映像が映る。これはなんだ、とリモコンを置いて、パスタを食べる。旨くも不味くもない。細胞から培養して作った細胞シートを積層させたものだという。で、一体それはなんだ、という疑問が結局パスタを食べ終わっても皿の中に残っている。
心臓をスライスした像を1枚1枚の細胞シートに描いて、それを積み重ねて心臓を作る。そんなことを目指しているらしい。そして、近くはないが遠くもない将来、脳も再生できるようになるだろう、とも。肉塊のように見えた、あのシートを重ねたものを、もっと重ねると、人になる。どの段階で、それは人となるのか。不老不死も現実になるのですね、とナビゲータが言っていた(ような気がする)が、それこそ、ある種の絶望的な状況だ。死がなくて生はありえるのか。闇がなければ光がまたないように、死がなくては生もまたない。否、生まれるのだから、生はあるのだろう。けれど、その生とは。生を延ばして、延ばして、で、延ばすとは。死が趣味のようになるのか。あの人も物好きよねぇ、とか。視覚を失った人の聴覚が発達するように、生が発達するか。発達した生が、でも、生きる力には成り得ないだろう。復元して、再生して、複製して、コーディネイトする。生き物本来の能力を人は自ら選んで失っていく。自ら選んで小さな箱の中へ安らぎを求めに行く。痛みは、ただ、その時だけの痛みとなる。心の傷もそうなるか。
先生と呼ばれる人が、もう一人のナビゲータの哲学的な質問を煩わしそうにしていたのが印象に残った。–止まっては駄目だ、進まなければ。再生医療を否定するわけではない。必要とあれば求めるし、勧めるだろう。時代、と言ったら多くを諦めているようだけれど、でも、やはり、人としての能力の退行を技術の進歩を見る度に感じている。この身体が必要なんだ、と叫んでみたところで、やはり失うのだ。
テレビを消すと、目の前に、まだいたのか、蚊が弱々しく飛んできた。反射的にパシッと潰したが、不老不死の身体を手に入れたら、気にもとめずに吸わせてやってるのか、とこれも生まれた時代か、などと思ってみる。
細胞シート工学
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前夜に車を借りて北信濃を巡る。いや、結果的に巡ることになった、という方が正しい。行き先はぼんやりと麻績あたりかしら、と考えてはいたのだが、玄関を出て雨空の雲行きを見る時の癖で飯縄を見上げたことからか、気づけば車を飯縄に向けていた。先日訪れた畑の横を抜けて戸隠を回り黒姫に出て、野尻湖を経て斑尾へ。そろそろ下るか、と豊田方面へ出るつもりが、引かれるように飯山方面の、しかも細い方の道に入り込む。普通車1台分しか幅の無い落ち葉の散乱する道を、これは抜けられるのか、と心配しながらも道は繋がって戸狩へ出て、新潟か飯山か、と標識を見て迷いながらも車を返却せねばならないからと飯山市街へ向かい、豊田、中野を通り、小布施、須坂と幾分寄り道をして長野へ戻った。朝、家を出る時から、昼食はそうげんラーメンで、と決めていたが、中野へ着いたのは15時過ぎで店は既に昼の営業を終えて夜の営業の為に仕度中になっており、ただ諦めるにも気持ちがラーメンだったから、他の店も回ってみるがどこも同様。仕方なく一度実家へ戻り荷物置いてから、返却がてら通り道にあった幸楽苑へ16時半頃ラーメンと餃子。409円也。
どうも北に行くのが好きらしい。これまで知った北信ばかりだったので、先月は鬼無里から白馬へ出て安曇野へ行き、先週は小諸から小海を通り南相木村までと南へ行った。だがどちらもしっくりこない。気持ちの慣れとかただ、南、という語から受け取る雰囲気なのか。移動中、気づけば北へ北へと意識は広がっている。今日も車を返す予定が無ければ、戸狩での分岐で、又は飯山市街手前で北へ向かっただろうと思う。新潟を超えて、東北、北海道、と光景を浮かべる。そういえば長野から見れば東京も南ではある。既に住んでしまっているから気にならないのかしら。でもやはり散歩で向かうのは北側が多い。
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一週間ほど前から起こっていた日中の小さな揺れに都度身を強ばらせていた。初めは地震かと思っていたが、耳を凝らせば遠く掘削機の音がする。外に出てみれば、すぐ日を遮るように立っているマンションを隔てた所でのことだったが、水の中で聞く音のように籠もっていた。掘削機のドドドッという音に合わせて部屋が、紙相撲の土俵のように小さく跳ねる、揺れる。地盤が固すぎるのだろうか。幾ら小さくても、原因が分かっても、小心者だからなのか、慣れることが出来ない。そんな中で実際の地震も頻発していて、どうにも心はどんどんと小さくなっていく。
煙草の臭いが急に酷く気持ち悪くなってやめようか、と考える。舌の上に残る焼けた野の気配も不快だし、どうにも首の後ろが重い。吸う前にどうして今吸うのかを一度考えてみて、と先日言われたが、そんなこと考えるようだったら吸わないよな、と思いつつも考えてもいて、その度に、今吸いたいから吸う、なんていう子供にさえ突っ込まれそうな子供じみた言い訳のようなものしか出てこないのも不服。銜えて吸うって、そんな…。で、1日は止めていたけれど、寝て起きるとすっかり忘れたように手にしていた。どうやら、ただ、体調が悪かったみたい。喉の奥が腫れて痛い。でも、臭いは気になる。