undergarden

寝床

初めて一人暮らしをした部屋は1階だったが、ロフトが付いていてそこで寝ていたし、それからずっと2階以上の部屋にベッドという地面から離れた寝床を作っていたから、長野へ帰省すると寝ることになる、1階の部屋に敷いた布団、という安定した寝床が不安になる。考えてみれば、そもそも子供の頃からベッドで寝ていた。朝方にかけて何度か目が覚める。どんなに望んでも今関わっていると思う人は夢に出てこないのだが、時制が曖昧になって色んな人が顔出してくる。ふと目覚めると、過去になったか、と呟くようにしてからまた眠る。そんなことを朝まで繰り返して、何だか辛いから起きようか、と身体を起こそうとすると、地面にへばりついてしまったかのように起き上がれず、どうしようもない、と横になっているとそのうちにまた眠って昼も近づいた頃にやっと身体を剥がすようにして起き上がる。そんな眠りだから、夜も早々に瞼が重たくなってくる。やっと慣れた、という頃には東京に戻っている。
帰省前からそのつもりではいたから、今回は端末を持ち帰ってきていて、やはりデータのやりとりが急遽必要になったので、調べてあったフリースポットに足を運ぶが、設定しても弾かれてしまう。設定表にはxp対応と謳われていたのでmacは駄目なのか、と係の人に聞いたが、すみません、把握していません、借り物なので、と本当に申し訳無さそうに頭を下げられた。いえいえ、と答えるとまた同じよに頭を下げられて、何の解決にも至らない行為が虚しく思いながら、こちらも合わせてまた、いえいえ、と答える。借り物ならば、貸し主に問い合わせてくれれば良いのに…、と片付けていると係の人が、駅前に有料ですがネットカフェがありますのでそちらに、と言いにきて、良心からなのだろうが、飽きれてしまった。大丈夫です、と答えてさっさと帰る。やはりホットスポットの契約を戻しておいた方が良かった。

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安田記念

友人が、ウォッカだ、安田記念だ、と早朝より長野から遊びにきたので、連れ添って7年振りの東京競馬場へ。改修が施されたことは知っていたが、思っていたよりも綺麗になっており、その為か、お洒落なカップルやファミリー、女性グループも多く見受ける。CM効果などもあるのだろうか。昼過ぎに着いたので、腹ごしらえをしてから、友人の持ってきた競馬新聞とパドックを見て第8レースより賭ける。といっても、G1の出走馬でさえ、知らない、知っている馬は父欄に記載されている、という現状だから、訳が分からない。ただ、まぁオープンクラスでは無いから荒れるよね、と適当に買ってみるが見事に外した。安田記念の発走時刻が近づくにつれ、スタンドはどんどん埋められ、これじゃあ前で見られないな、とパドックを諦めて、第10レースと共に早々に馬券を買い、場所を押さえる。レースまでの間、座り込んで暑さに項垂れながら、周りの声を聞いていると、そこまで熱心にはなれないな、と帰りたくなったが、出走馬が本馬場に入り、スターターの姿がターフヴィジョンに映ると流石に緊張する。スターター台が上がり、旗が振られ、ファンファーレが流れる。緊張は静かに、でも、ふくれ上がり、待機する。各場がゲートに収まり、ガチャン、とゲートが開かれた瞬間、馬の疾走とともに解放される。この瞬間は何とも堪らないな、と思う。最終コーナーを回った後の接戦も盛り上がるけれど、私はここだな、と思う。結局、今日買った馬券はウォッカの記念の単勝馬券以外は外れ、隣で勝った、勝った、とゴールの瞬間に大声で喜んでいた友人も、結局は外れていて、でも、それでも満足して帰る。
夜は、近所のタイ風居酒屋にて中学の同級生も呼んで酒盛り。いつも一緒に帰っていたこの3人が酒を酌み交わすのは成人式以来だろうか。同級生が連れてきた彼女が、まるで中学の時に3人と一緒にいたように色んな情報を知っていて、面白かった。

電子辞書

考えてみれば、高校に入学した頃からだから、かれこれ10年以上使っていた。重い辞書を持ち歩かなくても良いし、予習などする習慣など無かったから授業中にもサッと目的の語が見つかる為、重宝していた。高校3年の秋にMacとネット環境が自室に整ってからは、出番は少なくなったが、それでも、この10年以上、机上に確固とした地位はあった。その、もう同志とも呼べる電子辞書が2週間程前に、ピーーーー……、という電子音と共に壊れた。電池を入れ替えても液晶は付かない。
電子辞書の思い出から、全く関係の無い、例えばスーパーで知らない人に話しかけられたな、とか、忘れていた記憶がふと蘇る。またそこから派生して、別のことが蘇る。蘇れば蘇る程、その距離感が捉えられなくなる。確かに自身に起こったことではあるが、どこか切り離された、隔絶したようなところがある。触れようとしても、すっと手が空を切ってしまうようなところがある。生前の、という言葉が相応しいような気さえする。過去が死んでいるのか、今を死んでいるのか、何れにしても生きているからこそ、生と死の境は曖昧なんだろうと思う。
2週間程、電子辞書の無い暮らしをしていたが、何度壊れてしまった辞書を手にしたか。考えてみれば、ネット上の国語辞書を使用することは少ない。ブックマークにさえ入っていない。壊れてしまって履歴を見ることはもう出来ないけれど、意識もしないで使っていたのだろう。新しい電子辞書の購入を決め、選び始めたが、どれも似たり寄ったりで、ただ収録コンテンツの多さが目立ち、結局、機能を絞ったシンプルコンパクトなSHARP PW-M800にする。広辞苑だけあれば取りあえず問題無い。が、最新版ではない。

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水月

ふと視線を窓に向けるとカテーンの隙間から白み始めた外が伺える。時計を見るとまだ4時過ぎで、体感よりも大分早く夜が明けるようになっていた。夕方も夕方で、よし、と顔を上げる頃には既に暗くなっていたのが、まだ明るく、何も変わりはしないのに、さてどうしようか、と一瞬悩み始める仕草が起こる。5月に生まれたから、という分けでもないだろうけれど、ここの所は非常に過ごしやすい。布団も服も1枚剥がされて動きやすく、だからといって動いているわけでは無いが腹が減る。特売日を狙ってスーパーへ行き、珍しく野菜も買う。一番好きかと言われれば、違う、と答えるけれども、何も捉えずにいられる好い季節に入った。
聴覚とはなんだ、と最近少々騒がしい深夜のアパートに響く音を聞きながら思う。死の間際まで音だけは聞こえている、といつか誰からなのか、本で読んだのかは覚えていないけれど、父が死んだ時には既に知っていた。あの時も聞いている、とは思っていなかった。聞こえていると思っていた。実際、このアパートの音も聞こえている。聞いているわけではない。じゃあ一体いつ聞くんだ、音楽だって聞こえているから聞いているわけで、と卵が先か鶏が先か、というような所を巡って、結局、死んでから初めて聞くんじゃないか、と辿り着く。辿り着いてすぐに、死んで何を聞くんだ、と骨に開いた穴が思い浮かぶ。

熱暴走

急遽、ということもないけれど、切りの良い所までと端末に向かっていたら朝を迎え、過ぎた。昼過ぎに起きて、再び向かうが一向にやる気は起きず、ただパソコンのファンは回りっぱなし。普段だったら暫く回って収まるのだけれど、いつまで経っても回り続け、回り続けているのにCPUは80℃弱から一向に下がらない。身体は暑いとは思っていないが、端末は暑いのかしら、とノートパソコン用のCPUクーラーを購入。でも、これだけCPUの温度が下がらないのは異常だな、と思い、一旦システムを終了させようとしたら、アプリが終了出来ずにキャンセル。アプリを強制終了させたら一気にCPUの温度は下がった。見ないようにDockに閉まっておいたのが駄目でしたか、と。でもまぁこれで端末環境もまた良くなる。
代表戦を観て、UEFAチャンピオンズリーグFINALを観て、寝る。日本のサッカーは窮屈。

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